東京高等裁判所 平成9年(く)399号 決定 1998年1月16日
少年 H・H(昭和54.6.28生)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は、附添人弁護士○○が提出した抗告申立書及び抗告申立補充書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。
1 審理手続の法令違反の主張について
所論は、要するに、(1)少年である被疑者に対して弁護人依頼権を実質的に保障するには、少年に対して保護者と相談する機会を与えることが不可欠であるのに、本件では、家庭裁判所に事件が送致されるまで接見が禁止されていたため、その機会が全く与えられておらず、憲法の保障する適正手続に違反する重大な違法があり、(2)原審が少年の処遇を決定するに際して、少年の指導、監護に当たるべき者、就労できる先などについての調査が十分でなく、要保護性判断のために重要な事項に関して調査、審理を尽くしていない違法があって、原決定には、決定に影響を及ぼす法令の違反がある、というのである。
そこで、本件記録を検討すると、少年は、暴走族に所属する十数名の者らと共謀の上、平成9年10月11日午前1時40分ころ、神奈川県愛甲郡○○村内において、3名の男性に対し、足蹴りするなどの暴行を加えて反抗を抑圧し、現金約9500円在中の財布等を強取し、その際、右暴行により右3名に傷害を負わせたとして、強盗致傷の被疑事実で現行犯逮捕され、翌12日、勾留されるとともに、刑訴法39条1項所定の者以外の者との接見を禁ずる決定がなされ、同月31日、検察官から、身柄拘束のまま、右被疑事実と同一性のある3名に対する傷害とそれらの者の乗用車1台の損壊の共同犯行の非行事実で原審に送致されたこと、この間、少年には、保護者との面会の機会が与えられなかったことが認められる。
本件非行事実は、多数の暴走族によって犯されたものであるところ、共犯者の大半は逃亡中であり、被害者の一人は財布を奪われた事実があり、非行の動機・目的、暴行の態様、共犯者各人の加担状況などを明らかにする必要上、共犯者らとの通謀等、罪証隠滅を防ぐためには、少年を勾留するとともに、前記の接見等禁止決定をしたことは、やむを得ない措置であったと認められる。そして、その結果として、少年は、原審へ送致されるまで、保護者との接見が許されなかったのであるが、逮捕された後捜査官から、勾留質問に際して裁判官から、それぞれ少年に対し、弁護人選任権の告知が適式に行われ、また、保護者である母には、勾留当日に裁判所から勾留した旨の通知がなされたことは、記録上明らかであり、殊更に弁護人の依頼、選任が妨げられたと認めるべき事跡はない。したがって、少年とその母は、遅くとも右の勾留開始の時点以降、いつでも弁護人を依頼し、選任することができたのであり、前記接見等禁止決定により、少年と母が面接して弁護人の依頼について相談をすることができなかったという不便を生じた事実があったとしても、これをもって弁護人の依頼ないし選任の権利が侵害されたとまではいえない。
次に、本件記録によれば、担当調査官は、少年のほか、その母及び兄に面接調査をし、監護方針や利用できる社会資源についても意見を聴取するなどしており、その結果、少年は、両親の離婚により、中学入学時に父と別居して以来、父とは生活上の行き来はなく、同人との意思疎通は行われていない状況にあること、就労できる先の一つとして、所論が指摘する兄の勤務先もあることなどを念頭において検討し、審判官に対して調査結果を報告し、処遇意見を具申しているのであり、原決定は、これら調査官の報告、意見を含む諸般の事情を考慮に入れた上で、少年の要保護性を判断し、処遇を決していると認められるから、審理不尽の廉はない。
所論は理由がない。
2 事実誤認の主張について
所論は、要するに、原決定は、(1)本件が実態としては強盗致傷事件であるとの事実認定をし、これを要保護性認定の資料として用いる誤りを犯している、(2)少年を社会内で更生させるための社会的資源の存在について、事実を誤認している、というのである。
そこで、当審の事実取調の結果も併せて検討する。
原決定の処遇理由の判示は、仲間が強盗行為に出るかもしれないことを少年が認識しながら、その暴行に加担したと認定しているかのように読み取られるおそれがないとはいえず、表現として難があるが、原決定全体を通読すると、右判示部分の趣旨は、少年が本件に加わった経緯を摘示するとともに、他の仲間の行動についても概要を判示することにより、集団で行われた本件非行全体の状況・態様を明らかにしようとしたものと解されるのであって、走り屋の襲撃に加担するに当たって、少年に財物奪取の意思があったと認定したわけではなく、また、仲間が単独で犯した財布奪取に少年が加担した旨を認定したものでもないと認められる。したがって、右所論はその前提を欠くというべきである。
さらに、少年の更生に関する社会資源の存在については、前記1で認定した事実に加えて、後記のとおりの事実が認められるのであって、これらの事実に基く原決定の判断に誤りはない。
その他、所論にかんがみ記録を精査、検討しても、原決定に事実の誤認はない。
3 処分不当の主張について
所論は、少年を中等少年院に送致した原決定の処分は、著しく不当である、というのである。
そこで検討する。
本件は、前記のとおり、暴走族である少年らが、峠道のカーブなどで無謀運転を繰り返す、いわゆる走り屋と呼ばれる者やその車を集団で襲撃することを企て、本件現場にいた3名に対して暴行を加えて傷害を負わせ、車のウインドガラス等を損壊したという事案であるが、金属バットや鉄パイプなどを用意した上で現場に出向き、無抵抗の被害者に大勢で一方的に暴行を加えて加療3日ないし1週間の傷害を負わせ、被害者2名が車内にいる状態で金属バットなどでウインドガラスを叩き壊すなどしており、犯行態様は悪質かつ危険なものである。少年は、仲間から走り屋を潰しに行くと誘われてこれに加わり、仲間の運転するオートバイに同乗した際、仲間の金属バットを携えて現場に向かい、右バットで被害者の車のガラスを叩き割るなど、積極的に行動をしている。
少年は、中学入学時に両親が離婚し、母が親権者となったため、父や兄と別居することになったが、2年生になってからは学校に行かなくなり、不良仲間との交遊を深める一方、昼間は休んで夜間出歩くという放縦な生活を続けるうち、平成8年夏には暴走族に加入し、毎週土曜日の夜に集団暴走を繰り返していた。少年が所属している暴走族は暴力団とつながりがあり、少年らはこれに上納金を納めるなどしており、母や兄からは脱退するよう注意されていたが、不良仲間との逸脱行動に気晴らしを求めていたこともあって、結びつきを絶つことはできなかった。その知的能力はやや低く、これが一つの仕事を根気よく続けることができない因をなしている面があるとともに、無批判に仲間に追従し、集団の雰囲気に流されることが多く、自分の将来を考えて現状を改善しなければならないという気持が薄い。
少年の母は、離婚後も夫の借金の返済に追われて生活にゆとりがなく、少年に対する適切な指導監督ができにくい状況にあり、現在も具体的な監護の方針が立っているとはいえず、十分な指導監督は期待しがたい。また、少年は、父とは別居後ほとんど生活上の交渉がなかったこともあってなじめず、実際問題として、その援助・監督には、余り多くを望むことはできない。
そうすると、本件非行の内容、少年が関与した動機及び程度、少年の性格、家庭環境等を考慮し、少年の更生を期するためには、施設内に収容し、健全な社会生活を送れるよう指導することが必要であるとの判断の下に、少年を中等少年院に送致した原決定は、附添人指摘の諸事情を十分考慮しても、その処分が著しく不当であるとは認められない。
しかしながら、前記の本件事情に照らすと、少年については、職に就かず日々を無為に過ごしてはいたが、暴走族活動においても、誘われて仲間の車に同乗させてもらうだけで、自ら車を駆って積極的に参加していたものではなく、それ以外には非行性がさほど進んでいるとは認められないのであるから、少年の資質に問題はあるけれども、しばらく施設に収容して少年の自覚を促し、職に就いて規律ある生活をおくれるよう適切に指導すれば、長期収容して矯正教育を施すまでの必要はないのであって、原審の意見はこの点において容れ難く、短期処遇課程での教育が相当である。
中等少年院送致を著しく不当であるとする論旨は理由がない。
よって、本件抗告は理由がないから、少年法33条1項後段、少年審判規則50条によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 高木俊夫 裁判官 久保眞人 岡村稔)
〔参考1〕 抗告申立書(付添人)
抗告申立書
少年 H・H
右記少年にかかる横浜家庭裁判所小田原支部平成9年(少)第1729号傷害、器物損壊保護事件について、平成9年11月27日、「少年を中等少年院に送致する」旨の決定が下されたが、この決定については不服があるので、以下の理由により抗告を申し立てる。
平成9年12月10日
申立人 付添人弁護士 ○○
東京高等裁判所 御中
記
抗告の趣旨
原決定には、決定に影響を及ぼす法令違反、重大な事実誤認、処分の著しい不当があるので、原決定の取消を求める。
抗告の理由
第1法令違反
1 適正手続違反
憲法34条は、弁護人依頼権を保障し、刑事訴訟法203条1項、同204条1項は、逮捕された被疑者に対して弁護人選任権の告知をなすべきことを義務づける。
しかし、少年である被疑者が独力で弁護人を依頼できる場合はほとんどない。少年は判断力が不十分であり、また、弁護人を依頼する資力もないのが一般だからである(無資力であっても利用できる法律扶助制度も存在するがこれは成人にさえもほとんど知られていない)。したがって、少年である被疑者に対して弁護人依頼権を保障するには、弁護人依頼について保護者と相談する機会を与えることが不可欠である。
ところが、本件においては、少年自身に対して一般的な弁護人依頼権の告知はされているものの、少年自身の判断能力は乏しく、平成9年10月11日の警察官に対する弁解録取において「弁護人については、よくわかりませんので親と相談します」と答え、同月12日の検察官に対する弁解録取でも同様であったにもかかわらず、捜査段階で保護者と相談する機会は与えられなかった。すなわち、少年に対しては、接見禁止決定が捜査終了時までなされており、この間、数回にわたって少年の保護者である母が面会を求めたが容れられなかったし、少年には母が面会を申し入れているという事実も知らされていなかった。
そもそも少年に対しては、身柄拘束自体がやむを得ない場合の例外的処置であるべきであり(犯罪捜査規範205条)、取り調べにあたっても、やむを得ない場合以外は保護者等の立ち会いの下になされるべきものとされるのであり(少年警察活動要綱9条3号)、ましてや接見禁止決定はごくごく例外的な場合にのみ許されるべきものである。仮に罪証隠滅のおそれなどのため接見禁止の必要性のあるケースであっても、弁護人選任について相談をするに必要な時間、両親に限定して解除するといった取り扱いをなすことは、弁護人選任権保障の見地から不可欠である。
本件においては、少年である被疑者の弁護人依頼権の実質的保障に不可欠な保護者との弁護人選任についての相談の機会が全く与えられておらず、適正手続違反の違法がある。かかる違法は重大であり、また、後述する事実誤認の原因ともなっており、決定に影響を及ぼすものである。
2 審理不尽
少年事件においては、社会的資源の活用によって少年の更生を図ることができるのであればそれによるべきであるから、社会的資源の調査は十分になされるべきである。
本件においては、少年を雇い入れて仕事面での監督をなす意思のある、神奈川県愛甲郡○○町○○所在(少年の自宅とも、また、少年の父・実兄の居宅とも近い)の○○工務店社長Aについての調査および、少年の夜間の外出等に対する監督の意思を有する実父についての調査を行っておらず、重要な事項に対する調査を行なわないままなされた本審判には審理不尽の違法がある。
この点の調査がなされれば、少年の要保護性に対する判断が変わったはずであり、決定にも影響を及ぼすものである。
第2重大な事実誤認
1 はじめに
本件において付添人が選任されたのは、平成9年12月6日(土)であり、付添人は、同月8日(月)、原決定裁判所に対して、決定書謄本の交付を求めたが未だ作成されておらず、また、審判官との面接ないし決定理由のメモの交付などの方法による決定理由の開示を求めたがいずれも得られず、結局、本抗告をなす時点では、決定にあたってどのような事実認定がなされたのか判然としない状況である。したがって、以下は、事件記録などに基づく付添人の推測に基づくものである。
なお、以上のような次第であるので、決定書謄本受領後あらたに決定の事実誤認が明らかになった場合には追って抗告理由を補充する予定であるので、これについても実体審理をされたい。
2 強盗致傷の事実の不存在
本件は、暴走族に所属する少年十数人が、被害者に対して、その自動車を損壊する、殴る蹴るして傷害を負わせる、財布を取るなどしたとされた事件である。
警察から検察への送致事実は強盗致傷であったが、強盗についての共同加功の意思が否定されて検察から家庭裁判所への送致事実は、傷害・器物損壊となったものである。
しかし、本決定は、本件は実態としては強盗致傷事件であるとの事実認定をし、これを要保護性認定の資料として用いているものと推測される(審判において裁判官から少年へ「強盗致傷の責任を負う可能性もあった」との説明がなされている)。
けれども、強盗についての共同加功の意思は少年にはなく、強盗罪は成立しない。
この点、少年の捜査段階の供述書は、いずれも強盗について共同加功の意思を有する旨の内容となっており、また、審判廷でも同趣旨の供述をしている。ところが、付添人が12月7日、少年院において最初の面接をした際、1時間あまりにわたって雑多な話をし、最後に、「警察で調書を作ったときに、自分で言っていることと違う内容で書かれたとか、あなたの話を信じてもらえなくて違うことを言わせられた、というようなことが何かあった?」と尋ねると、少年は、「警察で最初に強盗の相談もしてたんだろうと言われて、違うと言ったんだけど、相談してたんだろうと決めつけられて、強盗の相談もしてたという調書になった。一度そういうことになったのでその後の調書もみんな強盗の相談もしていたことになった。」と答えた。
少年と一緒に逮捕されたB君、C君、D君はいずれも強盗についての共同加功の意思は否定しており、検察官もそれらを考慮して傷害、器物損壊と認定し送致したものと推測される。
それでは、なぜ少年は、強盗についての共同加功の意思を有していたとの供述調書の作成を拒否しなかったのか。それは、まさに少年であるが故の未熟性に加えて本件少年の「主体性に乏しい、周囲の者の顔色を見ながら行動する」性格(鑑別結果通知書)によるものであり、前述のとおり、少年を保護すべき弁護人の選任が事実上保障されなかったことによるものである。審判の場もまた少年の言いたいことを自由に言える場ではなかったから、少年は捜査段階で決めつけられた「つぶす、という言葉の意味は……」云々をそのまま繰り返さざるをえなかった。審判に立ち会った少年の実兄は、「質問される度に考えこんで、ぽつりぽつりとしか答えない弟が、「つぶす」の意味をきかれたときだけ、すらすら答えたので意外な感じがした。」との印象をもったという。自分の言葉で話しておらず、教え込まれたことをそのまま話しているからであろう。
要保護性に関してとはいえ、強盗についての共同加功の意思の有無を誤っての認定は重大な事実誤認である。
2 少年を社会内で更生させるための社会的資源の存在
調査官の報告によれば、少年の家庭には、一般的な社会適応をしている者がおらず、社会内の更生を可能とする体制がないとされており、決定もこのような事実認定にもとづきなされたものと思われる。
しかし、少年の父は、離婚後少年への援助・監督を怠っていたことを悔いており、現在ではできるかぎりの協力をする旨申し出ている。(なお、少年の父についての調査官報告書の記載は曖味かつ不正確であるが、同人は平成4年に椎間板ヘルニアになる前はとび職として稼働し月額30万円程度の収入を得ていた。ヘルニアによる腰痛が起きてからはとび職の仕事はできなくなり、本年1月まで自宅療養をしていたが2月から警備会社に警備員として勤務をはじめた。しかし、8月に、当初予定されていなかった遠隔地に配属になったためやむなく退職し、現在求職中である。)
また、少年の兄は、少年の頃に非行を行ったことがあるが現在は更生しており、定職に就いて真面目に嫁働している。そして、同人の稼働先である○○工務店の社長Aは、少年に対しても同社で雇用する旨約している。同社は、建築・リフォーム会社であり、「職人になれるような仕事につきたい」という少年本人の希望にも添い、また、少年の兄が仕事場にも同行できることから、少年に勤労の習慣を身につけさせるにふさわしい条件がそろっている。(なお、少年の兄については、政治団体への加入が問題視されているようでもあるが、違法な活動を行っているわけでもなく、また少年に対しても自らの政治的主張を押しつけることなく仕事面での協力・監督に専心することを約している。)
そして、少年の母は、従前、少年の教育について前夫への協力を全く求めなかったことを悔い、今後は、同人が外に働きに出ている夜間の監督は、少年の父に協力を求める気持ちになっており、すでに両者で何度か話し合いを行っている。
以上のとおり、少年が社会内で更生しうる条件があるにもかかわらず、決定はこれらの点の事実を誤認しているものである。
なお、これらの点については、近日中に関係者の陳述書ないし陳述録取書を提出する予定である、
第3処分の著しい不当
1 少年自身は、もともと反社会的な傾向は希薄であることは鑑別所においても、調査官においても共通して認めているところである。また、付添人が面会した際にも、ひとつひとつの質問に対して、よく考えた上で一生懸命答えようとする態度が見受けられ、反抗的な様子は全くない(調査官報告にも同様の記載がある)。これは家族に対しても同様で、従前は、母や兄の注意・忠告は受け入れ、働きに行こう、暴走族をやめようという気持ちは持ちながらも、生活習慣の改善ができないまま、ずるずると怠惰な生活を送っていたものである。
したがって、少年を更生させるには、当初はある程度強制的に、決まった時間に起床させ、仕事をさせることが有効であるが、少年は家族にも(特に兄に対して)反抗的でないこと、前述のとおり、起床・出勤について兄が監督する体制があること、さらに、従前、兄の勤務先で短期間(1週間)のアルバイト要員が必要となったときに少年を雇い入れたところ肉体的にきつい仕事であっても愚痴も言わず立派になしとげたことから、社会内でも充分対応可能である。
また、社会内での更生の方が、少年にとっては、早期に実社会の仕事に就けるためキャリアにつながるという意味でもプラスである。さらに、少年院送致ということになると、少年の更生は少年院任せという意識になりがちであるが、少年の母、父、兄が少年の更生に向けて協力しあう体制を固めている現段階で少年を家族の下に委ねることは、少年と家族の信頼感の回復・強化、家族の責任感の強化という意味でも有益である。本件事件の前は、少年の母は仕事に追われて少年への対応が放任的であったきらいがある。父は、離婚後、少年と向き合って話をすることがなかった。兄は、少年が暴走族に入ったことを気にかけながらも時々声をかける程度であった。けれども、今は、この事件をきっかけに、母、父、兄が少年と正面から向き合っていくこと、そして従前はバラバラだった三者が、少年のために協力していくことを決意している。家族に、この決意を実行にうつすチャンスを与えてやっていただきたい。
2 また、少年に対する処遇は他の共犯者と比較しても均衡を失している。非行事実のみにとらわれるのではない個別処遇が少年への処遇の理念であるとはいえ、非行事実の軽重は、少年の非行性の徴表である以上、処遇の決定にあたって重要な意味を持つものである。しかし、少年と同じ非行事実のC君が保護観察処分、B君が試験観察処分といずれも在宅処遇であり、暴走族のリーダーであるE君は中等少年院送致処分ではあるものの特修短期処遇の意見が付され、金品の強取を行い強盗致傷の非行事実が認定されたF君でさえ一般短期処遇意見が付されているのである。
これに対して、暴走族においても何らリーダー的立場になく、運転免許も有せず後部座席に乗せてもらうのみであり、本件事件への関与も「つぶしに行く」話が決まった後で電話で先輩に呼び出されたという受け身的関与にすぎない少年が中等少年院送致で短期処遇意見が付されないのは、処分の均衡を失しているといわざるをえない。
3 以上の事情により、少年に対しては在宅処遇が適切であり、仮に中等少年院送致がなされるにせよ短期処遇とされるべきであったのであり、本処分は著しく不当である。
第4結論
以上のとおり原決定は違法、不当であり、取り消されるべきである。なお、近日中に理由補充書および関係者の陳述書その他を追加提出する。
以上
抗告申立補充書
少年 H・H
右記少年にかかる傷害、器物損壊保護抗告事件について、以下のとおり、理由を補充致します。
1997年12月26日
付添人 ○○
東京高等裁判所 御中
記
1 少年の暴走行為参加の消極性について
少年は、暴走族の特攻隊長の肩書をもつとされる。特攻隊長というのは、通常は、走行ルートを決め、他の者を先導するなど副リーダー的役割を担う者をさすようである。しかし、少年は、自分ではバイクを運転せず、走行ルートを決めたり先導したりもせず、リーダー的な役割は全く行なっていない。「特攻隊長」がどのような役割なのかすら認識しておらず、全くの名目上の肩書にすぎないことは明らかである。(なお、少年は、抗告申立書でも述べたとおり、寡黙ではあるが、ひとつひとつの質問に対して一生懸命考えながら答えようとする真摯な態度をとっており、また、以前に万引きをしたことなどについても取り繕わずに答えるなど自分の有利不利を問わず正直に答えており、前記の点などにつき殊更に偽って供述しているとは全く考えられない。)
また、少年は従前から暴走族をやめたいという気持ちをもっており、今回の事件をきっかけに暴走族をやめることができたことを好機と受け止めているうえ、特にバイクや自動車の運転に興味をもっておらず、再度暴走族に加わる危険性は低い。
2 家族の協力体制の整備
両親の離婚により、本件事件以前は少年への監督等についての両親の協力体制はなくなっていたが、本件事件をきっかけに両親が連絡をとりあうようになり、今後の監督方針、協力体制を話合ってきた。
その結果、少年に仕事を続けさせること、夜間の監督を強化することが最も重要であるという認識のもとに、仕事場への同行、夜間の監督のできる父および兄と少年を同居させるとの案をつくり、少年もこれを受入れている。そして、母は少年を週末に呼び寄せ、食事の世話等をすることで少年に安心感を与える役割を果たすとともに、父や兄とも連絡をとりあう体制ができている。これに、勤務先の社長であるA氏の協力も加わり、職場-家庭の協力体制も確保できることから、少年院に収容するまでもなく、社会内で生活指導、職業指導をおこなうことが可能である。
3 その他
原審判は、少年の性行上の問題が大きいことを理由に、「主体的・自律的生活を行なわせるには、相当時間を要するものと思われる。」とし、その性行上の問題として、少年が自己の能力に自信が持てないため、「付和雷同的で、仲間の前では承認を得ようと調子を合わせたり、虚勢を張り易く、自制心を欠如した衝動的・場当たり的な行動に出易い」としている。
しかし、これらは程度の差こそあれ、思春期の少年の多くに共通する性行であり(知能テストの評価が低いことが自己の能力に自信がもてないことにただちにつながるのかも疑問であるが)、これが、本件非行事実を一緒に行なった他の少年と比べて均衡を失した処遇を行なう根拠となるとは思われない。
むしろ、少年は、自己の責任を他に転嫁したり、自分に有利になるようにうまく立回ったり、家族に反抗したりといった面が全くなく、素直で正直であるという良い面をもっており、これらの点は、短期間での立ち直りを可能とするものである。
以上
〔参考3〕 原審(横浜家小田原支 平9(少)1729号 平9.11.27決定)<省略>
〔参考4〕 処遇勧告書
平成9年少第1729号
処遇勧告書
少年 H・H 昭和54年6月28日生
附添人弁護士 ○○
上記少年に対し、平成9年11月27日当裁判所がなした、同人を中等少年院に送致する旨の決定に対する抗告(申立人上記附添人)について、東京高等裁判所は、同10年1月16日抗告を棄却する決定の旨の決定をなしたが、同決定の理由中に「短期処遇課程での教育が相当である」と判示されたことに基づき、当裁判所は、次のとおり処遇勧告する。
勧告事項 一般短期処遇
平成10年1月22日
横浜家庭裁判所 小田原支部
裁判官 ○○